変革する日本の保険について

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活発な証券投資や積極的な不動産投資などを背景として良好な運用実績が上がり、生命保険の予定利率が5%を超えていたのがバブル期の日本でした。その後に起きたバブル崩壊と不良債権処理、それに伴う日本銀行による金融の引き締め政策、さらには円高によって保険の予定利率を資金の運用実績が下回るという状態(逆ザヤ)が続いた結果、現在では1,5%程度の非常に低い水準で推移しています。

 

変革する日本の保険について

 

養老保険や個人年金保険などの貯蓄性の高い商品は、予定利率の引き下げによって販売不振となってしまい、さらには資産の減少によって資産の回りが悪くなり、経営環境は一挙に厳しい状況へと変わりました。含み益のある株式を保険会社が投資していれば株式を売却することによって逆ザヤを穴埋めすることが可能ですが、株価の下落とその後の低迷が継続したために含み益が生まれることはなく、それ以外の利益から補てんしなければならなくなりました。

 

 

負の連鎖による経営の悪化

 

このような状況で起こったのが、金融業界全体の不良債権処理です。保険会社が経営状態の悪化を理由に営業職員の削減をはじめとした一斉リストラを行ったのがこの時期です。このような取り組みによって経営状態は好転するものと考えられていましたが、実際には、生命保険会社の経営を長年にわたって支えてきた職員達のリストラは会社の営業力の低下を引き起こし、経営は結果的にはさらに悪化してしまいました。

 

ご承知の方も多いかとは思いますが、生命保険会社には三つの利源(三利源と呼ばれる)があります。逆ザヤは予定利率によって発生しますが、生命保険会社はこの逆ザヤに対して死亡予定率やその他の資産売却によって発生する「死亡差」や、予定事業比率から発生する「費差益」などによって補てんすることができます。別の言い方をすればこれ以外の方法ではカバーすることができません。

 

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「費差益」の解消ないし改善を狙って行われたのがリストラだったわけですが、リストラによっては逆ザヤをカバーすることはできず、むしろそれまであった営業力を大きく損なう結果となってしまったのです。これによって解約返戻金(かいやくへんれいきん)や保険金などの資金繰りが困難になり、赤字はさらに拡大してしまいました。

 

経営破綻に陥り市場からの撤退を余儀なくされたり買収や合併によって社名が変更された会社の数は、1996年から2005年までの9年の間に社団法人生命保険協会に登録していた企業の中でなんと半数にも上ります。ちなみに、1997年から2000年にかけて経営破綻を起こした7つの会社はどの社も資金繰りが困難な状態になってしまい、高い予定利率の時に契約した保険金の支払いが行えずに破綻してしまいました。



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