保険会社の経営破たんについて

相次いだ保険会社の経営破たんについて

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1997年10月1日にあおば生命保険株式会社に保険契約を移転した会社をご存知でしょうか。それが1997年4月25日に破綻した「日産生命」です。実は当初、日産生命の保険契約移転に際しては、2000億円の資金援助を保険契約者保護基金から受けるということが計画されていました。この資金によって破綻の原因となった逆ザヤをカバーしようと考えたのです。

 

相次いだ保険会社の経営破たんについて

 

その後に、当時全株式を保有していた生命保険協会がアルテミスというフランスの投資会社の子会社に株式を売却し、2004年にはプルデンシャル生命へと譲渡されました。その後、上記の子会社はプルデンシャル社と合併して経営破綻処理を完了しました。

 

 

経営の悪化が連鎖する

 

東邦生命は1999年の6月に経営破綻し、GEエジソンに保険契約を移転しました。その翌年には大正生命と千代田生命、第百生命、協栄生命が相次いで破綻し、そのまた翌年である2001年には東京生命もが破綻の憂き目に遭いました。97年の日産生命の破綻を皮切りに01年までの5年の間に7社もの生命保険会社が経営破綻したということになります。

 

ちなみに、大正生命はあざみ生命保険株式会社(大和生命とソフトバンク・ファイナンスが共同で出資をして作られた会社)に移転され、第百生命の保険契約については現在のマニュライフ生命(当時はマニュライフ・センチュリー生命)に移転されました。

 

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あざみ生命保険株式会社は大和生命との合併の結果、現在では大和生命保険株式会社となっています。バブル時に行った積極的な融資によって不良債権を多く抱えたことが引き金となって千代田生命はその後にAIJスター生命保険株式会社へと名前を変えることとなりました。

 

ジブラルタ生命保険株式会社も協栄生命がバブル崩壊による不良債権の増加を背景として破綻した際に米国のプルデンシャル社とスポンサー契約を行って出来た会社です。

 

東京生命のケースでは株価の低迷や逆ザヤの発生による損失、相次ぐ生命保険の破綻が重なったことで契約者の解約が相次ぎ、破綻という結果になってしまいました。この他にも大和銀行の支援の撤回やGEキャピタルとの提携交渉の決裂も破綻の原因となっています。

 

東京生命はこの後、大同生命さらには太陽生命とスポンサー契約を交わし、T&Dフィナンシャル生命保険株式会社と社名を変更し現在でも業務を行っています。



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