損害保険業界再編のきっかけ

損害保険業界再編のきっかけになった市場縮小

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バブル崩壊により、さまざまな金融機関が軒並み経営の危機にさらされました。そんな中、損害保険会社業界へのダメージはさほどでもなかったと言わてれます。しかし、少子高齢化による市場自体の縮小と、金融自由化による規制緩和で競争が激しくなりました。

 

損害保険業界再編のきっかけになった市場縮小

 

金融自由化および規制緩和

 

バブル崩壊後に経営が破綻したのは、損保業界では第一火災と大成火災のみです。第一火災は、生命保険と同じように、バブル崩壊による逆ザヤを抱えた結果の破産でした。大成火災の場合は、内部管理体制不足が原因です。管理体制の不備は、アメリカの同時多発テロに対する、海外の再保険取引の保険金支払い時に判明しました。

 

損害保険会社の場合は、生命保険会社とは少し事情が違いました。不良債権や逆ザヤの負担の問題が決定的だったのではありません。市場は金融自由化・規制緩和・少子高齢化・人口減少によって激変します。これによる各社の熾烈な争いの中、いかに企業が生き抜くかが問題でした。

 

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再編が加速した損保業界

 

2001年から2006年の間に、合併・吸収により上場の損害保険会社は半減。14社から7社になりました。損害保険マーケットは、もうこれ以上の発展が望めなくなります。金融の自由化・規制緩和が進められ、バブル崩壊後に銀行・証券会社・生保業界等で、既存の資本を超越した改編が行なわれました。

 

そして損保業界もまた、他の金融業界の動きに無縁ではありませんでした。金融自由化とグローバル化によって、損保各社の競争に耐えうる経営力が求められました。企業の体質や商品開発能力、システム統合に向けて、再編が一気に進められたのです。

 

 

相次ぐ損保会社の経営破綻

 

2000年から2001年の1年間で、損害保険業界で軒並み経営破綻が起こります。2005年5月に第一火災海上が破綻し、2001年4月に、保険契約は損害保険契約者保護機構に移行されます。同社の主力商品である「マルマル保険」が逆ザヤを抱えてしまったのです。これにより国内損保では、戦後初の経営破綻会社となったのです。保護機構は400億円を負担する事態になりました。

 

また2001年には、アメリカ同時多発テロによる保険金支払いが、損保会社に大きく影響を与えます。これにより大成火災海上では、398億円に及ぶ債務超過となる目算で、事実上の経営破綻となりました。具体的には、更生特例法(会社更生法の適用にあたる)の申請をし、4131億円もの負債総額でした。そしてその後、大成火災海上は、2001年11月に日産火災海上・安田火災海上とスポンサー契約を結びます。2002年7月1日に、安田火災と日産火災が合併して誕生したのが「損害保険ジャパン」です。さらに2002年12月に大成火災と合併することとなりました。



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