金融ビッグバンの根底にある思想

金融ビッグバンの根底にある思想とは?

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再び始まった日米保険協議は、結局1996年秋になっても終止が打てないままでした。このような中で、日本の保険会社にはある動きがありました。国内の生命保険会社は損害保険の子会社を設立し、また損害保険会社は生命保険の子会社を設立したのです。それぞれが事業免許を取って、実際に10月から営業を開始する運びとなりました。

 

金融ビッグバンの根底にある思想とは?

 

行き詰まりになっていた交渉打開の糸口

 

日米保険協議により、結果としては不自然なスタートを切る形となりました。難航する協議を打破するきっかけになったのは、「日本版金融ビックバン構想」です。そして、生命保険会社による損害保険の子会社では、傷害保険の取り扱いを制限されての営業開始。同様に、損害保険会社による生命保険の子会社では、がん・医療保険の取り扱いを制限されての開始となりました。

 

1996年11月に、当時の首相であった橋本龍太郎は、大蔵大臣・法務大臣にある考えを示します。それは金融システム改革であり、2001年までに実施する指示でした。日米保障協議の最終的な交渉期限は1996年12月であり、この日本版金融ビックバン構想の表明により、ようやく終止符が打たれました。

 

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日本版金融ビックバンにおける3原則とは

 

“フリー・フェア・グローバル”が、金融ビックバン構想の3原則です。この3原則を基本姿勢として、金融システム改革を行なうのです。保険市場機能を可能な限り重視し、自己責任を基に、自由で広範囲な保険マーケットへの参加を認めました。公平で、尚且つ透明度の高い規則の下、新金融分野での秩序を設定し運営するのが目的です。

 

金融ビックバンにより、国内金融機関の間の競争力を立て直します。日本の金融マーケットを、魅力的な国際金融市場へと構築するのが目標であり、日本人の個人的金融資産が流れ出すのを防止するのです。

 

 

ようやく終焉した日米保険協議

 

橋本龍太郎首相の金融ビックバン構想を受けて、当時の三塚大蔵大臣は「算定会料率の使用義務を撤廃するなどの抜本改革」を掲げます。これにより、日米保険協議はようやく決着がつきました。最終的な内容は次のようになります。

 

  1. 火災保険では、付加率アドバイザー制度における最低保険金額をカットする
  2. 届出制の種目を拡張(16種)
  3. 保険料カルテル保険料率の廃止(火災保険・障害保険・自動車保険)
  4. リスク細分型の自動車保険を認める
  5. 生命保険・損害保険の子会社の第3分野への乗り入れを規制する(これにより業界の劇変に対応する)

 

以上のような対処によって、損害保険業界にも動きが現れます。保険会社と保険契約者の両方に対して自己責任を求めること。自由化・規制緩和を実際のものとし、フリーでフェアな市場を築くこと。そして国際競争力を高めること。このような構想を掲げ、尽力することになりました。



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